石神雄介氏からのメッセージ
石神雄介氏が本展に寄せて綴った「Message」には、作品に込められた深い思想が垣間見えます。「月明かりの中、波打ち際を歩いた。何か大切なものをなくしてきた。心の片隅でそっと赦しを乞うた。」という言葉から始まるメッセージは、喪失の感情や記憶の断片、そして絵画が持つ引力と斥力、無意識と意志の力の均衡について語ります。
氏は、絵画制作を「時間を遡る作業」と捉え、過去の記憶、現在の観察、未来のイメージが結びつき、重なり合うことで一枚の絵が生まれると述べています。そして、絵画も人も社会も常に「次の状態へ移っていく」という考えが示され、「私たちには本来分節された時制はなく、ゆるやかに溶け合う過去と未来のグラデーションを生きる」という言葉は、本展のテーマである「Echoes / エコーズ」の核心を優しく伝えています。
展覧会の見どころ
見どころ ① 絵画と言葉のコンセプト —「Echoes / エコーズ」の概念と文脈
石神雄介氏の作品は、言葉と絵画が互いに響き合うことで成立しています。「喪失の情動はいつの時代も、どの土地においても、人が人であるかぎり消えることのない普遍のものです」という言葉が示すように、普遍的な感情を記憶をモチーフに油彩で描き出します。本展のタイトル「Echoes / エコーズ」は「こだま」を意味し、一つの記憶のイメージやそこから引き起こされる感情が、時間や空間を超えて反響し、新たな形となって現れる様を表現しています。
特に印象的なのは、氏の曽祖父がバナナ畑に佇む姿を描いた作品です。古いフィルムのようなぼんやりとした輪郭の人物像は、観る者を記憶の深層へと誘い、作品と鑑賞者、過去と現在、自己と他者の間に生まれる見えない磁場こそが、石神氏の芸術が生まれる場所と言えるでしょう。

見どころ ② 思索の旅 —ユング、バルト— へと誘う絵画芸術
石神氏の作品に繰り返し現れる水、光を携えた人物、闇に蠢く存在は、カール・グスタフ・ユングが提唱した人類共通の元型(アーキタイプ)の現代的な変奏として読み解くことができます。本展のテーマ「Echoes / エコーズ」は、ユングの「共時性」(シンクロニシティ)の感覚とも深く共鳴しています。
一方で、「言い表せないその領域の存在こそが、私たちたり得るために必要なのかもしれない」という石神氏の言葉は、ロラン・バルトが問いかけた「白いエクリチュール」の感覚と重なります。また、「目前の絵画から、背後の記憶から、私からあなたへ、果てしなく呼応するこだま」という絵画観は、バルトの「作者の死」における「エクリチュールの空間は巡回するもの」という考えと通じるものです。絵が完成した瞬間に作者の意図を離れ、観る者の記憶や無意識と結びつき、新たな「こだま」を生み出し続ける構造は、バルト的なテキストの開放性そのものと言えるでしょう。


見どころ ③ 生の痕跡から生まれる普遍的な問い
石神氏の作品は、豊かな思索の海原へと誘う力を持ちますが、それは思想を意図的に援用して描かれたものではなく、個人的な記憶が生み出す磁場が、論理的な語りに抵抗しつつ、直接的に鑑賞者の内面へと届ける「土台としての重力」を与えているように感じられます。私的な歴史の実存との結びつきがあるため、作品が概念的な夢想絵画に陥ることはありません。「刺さってくる細部」(プンクトゥム)は常に生の痕跡から生まれるのです。普遍へと開かれながらも深く私的であるという、その矛盾を矛盾のまま抱え込めることが、石神作品の大きな魅力と言えるでしょう。氏の作品は、普遍的な問いを生きることが「今在る」ことであると語りかけてきます。

石神 雄介氏 プロフィール

1988年 千葉県生まれ。2012年東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻を卒業。2022年にはFACE展で優秀賞を受賞し、Idemitsu Art Award 2022に入選するなど、注目を集める画家です。
身体的な経験を通じた記憶やイメージの残滓を手がかりに絵画制作を行い、「人とは何であるか?」「私がある」とはどういうことか?という問いを探求しています。絵画と言葉、それらによって作られる空間の可能性を通じて、認識の問題を読み解き、書き換える媒体としての芸術を追求しています。
展覧会概要
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名称: 石神 雄介 個展「Echoes / エコーズ」
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展示内容: 絵画作品、書籍など(作品は販売されます)
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開催期間: 2026年5月16日(土)~5月31日(日)
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営業時間: 11:00~17:00
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休廊日: 火・水・木(5月19日、20日、21日、26日、27日、28日)
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予約: 不要
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入館料: 無料
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会場: Quadrivium Ostium(クアドリヴィウム・オスティウム)
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住所: 〒248-0003 神奈川県鎌倉市浄明寺5-4-32
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アクセス: 鎌倉駅(JR横須賀線、江の島電鉄)東口4番バス乗り場より京浜急行バス(鎌倉霊園正門太刀洗/金沢八景駅/ハイランド循環)に乗車「泉水橋」バス停下車 徒歩5分
ギャラリーQuadrivium Ostiumについて
Quadrivium Ostiumは、鎌倉にあるアートギャラリーで、「十字路の入口」を意味する店名には、「様々な時代や場所で作られた芸術品が、縁があり此処に集まり次に引き継がれていく」という思いが込められています。「美術館のような空間に住まう」をテーマに設計されたオーナーの自邸1階スペースを活用し、ヨーロッパのアンティーク家具や民藝家具を配した空間で、主に若手アーティストの企画展を開催しています。この建築デザインは、2023年A’DESIGN AWARD受賞(イタリア)、2022年神奈川県建築コンクール優秀賞受賞など、国内外で高い評価を得ています。


