臨床組織科学(COS)とは何か
COSは、複雑系科学、神経科学、組織心理学、行動科学を統合し、組織が安定状態を自律的に再生産する「相互作用構造」を理論化し、それに介入するためのフレームワークです。組織変革を「個人の行動変容」ではなく「組織アトラクターの遷移」として捉え、Field Gradient Theory、Loop Conversion Design、Neural Base Designを中核技法として提示しています。また、個人の習慣化と組織レベルの変化をつなぐ概念として「emergence bridge(創発の橋)」を提案しています。
COSは社員の脳活動を測定・操作しない
COSにおいて最も重要な点は、社員の脳活動を測定したり、神経状態を操作したりするものではないということです。脳波、fMRI、神経刺激、薬理学的介入は一切用いません。社員の神経状態を把握したり、神経反応を直接変えたりすることは、COSの対象外です。
神経科学を組織に応用すると聞くと、脳波計測や神経データの活用、社員の無意識操作といったイメージが先行するかもしれません。しかし、COSはそうしたパラダイムとは一線を画しています。COSにおける神経科学は、習慣形成、信頼形成、身体的気づき、動機持続といった現象を説明するための理論的枠組みとして機能します。

神経科学は「整合層(coherence layer)」として機能
本論文では、COSにおける神経科学を、組織現象を神経に還元する支配的枠組みではなく、行動実践の設計と整合させるための「coherence layer(整合層)」として位置づけています。
例えば、組織変革を持続させるためには、一度の指示や研修だけでなく、反復された行動実践が不可欠です。この考え方は、Kandelの神経可塑性研究と整合します。繰り返される行動はシナプス結合を強化し、その行動を開始するために必要な認知的負荷を低減すると考えられるためです。
また、感謝の表現や肯定的な相互作用が信頼形成を支えるという実践は、社会的絆形成に関する研究と整合性が見られます。身体的チェックインは、Damasioの身体標識仮説やWeickのセンスメイキングと関連付けられます。さらに、予測可能な承認や報酬のリズムは、Schultzらの報酬予測研究と接続します。
これらは、組織内で神経活動を直接測定した結果ではありません。神経科学はあくまで、COSにおける行動実践の設計を理論的に支える説明層としての役割を担っています。
隣接領域との違い
神経科学を組織に関連づける他の領域との違いを明確にすることも重要です。
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Organizational Neuroscience / Organizational Cognitive Neuroscience: fMRI、EEG、ホルモン測定などを用いて組織行動の神経的相関を明らかにすることに関心があります。COSは神経測定を行わず、組織現象の神経相関を確立しようとはしません。
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Neuroleadership: 神経科学の知見をリーダーシップ開発や個人の認知・感情調整に応用します。COSは個人の脳状態ではなく、組織システムの相互作用構造を介入対象とします。
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Somatic Leadership / 身体性アプローチ: 身体感覚や身体状態への気づきをリーダーシップ実践に用います。COSは身体的気づきを単独の技法としてではなく、組織アトラクター遷移へ接続する多層構造の一部として扱います。
COSは、神経科学を組織のすべてを説明する中心理論として用いるわけではありません。組織変革の主要な理論構造は、複雑適応系、アトラクター、相互作用構造、フィードバックループにあります。神経科学は、その中で個人レベルの習慣形成と自己持続性を説明する層として機能します。
なぜ神経科学を使う必要があるのか
COSが神経科学を用いるのは、行動の自己持続性を説明するためです。組織変革において重要なのは、一時的に正しい行動をすることではなく、新しい相互作用パターンが外部からの促しなしに自律的に続くことです。感謝を伝える、確認応答を返す、身体状態に気づく、フィードバックを構造化するといった行動が習慣化されなければ、組織の安定状態は変わりません。
神経科学は、「習慣化された行動が自己持続性を持つ」という主張に理論的な整合性を与えます。これは、神経状態を直接操作することとは根本的に異なります。
倫理的含意:構造的介入と直接的介入の区別
COSが行うのは「構造的介入」です。相互作用の構造、フィードバック・アーキテクチャ、習慣化された実践、組織リズムなど、神経プロセスが展開される行動的・社会的条件を設計します。
一方で、COSが行わないのは「直接的介入」です。薬理学的、電磁的、神経刺激的な手段で神経状態そのものを操作することは、COSの対象ではありません。この区別は、COSの倫理的な健全性の中核をなしています。
本論文の位置づけ:概念分析としての理論提唱
本論文は、Conceptual Analysis(概念分析)として発表された理論提唱論文です。COSの各技法が現時点で効果が実証済みであると主張するものではありません。既存の分散した科学的知見を統合し、組織変革を構造的介入の問題として捉え直すための理論枠組みと、今後検証・反証されるべき命題を提示するものです。
代表取締役の山中真琴氏は「神経科学という言葉を使うことには、誤読のリスクがあります。だからこそ、COSは何をしないのかを明確にする必要があります。COSは、社員の脳を測定するものでも、神経状態を操作するものでもありません。私たちが扱うのは、組織の中で繰り返される行動実践と相互作用構造です。それでも神経科学を説明層として用いるのは、行動がどのように習慣化し、自己持続性を持つのかを、現代の科学的知見と整合的に説明するためです。直接介入ではなく、構造的介入である。この区別を、今後も繰り返し明示していきます」とコメントしています。
論文情報
本論文は、心理学分野の国際査読誌『Frontiers in Psychology』Organizational Psychologyセクションに掲載されました。
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タイトル: Clinical Organizational Science: An Integrative Framework for Structural Intervention in Complex Organizations
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和題: 臨床組織科学:複雑組織における構造的介入のための統合的フレームワーク
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著者: Makoto Yamanaka, Masaya Nakamori (両名とも株式会社DroR所属)
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掲載誌: Frontiers in Psychology, Section: Organizational Psychology, Volume 17 (2026)
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論文種別: Conceptual Analysis(概念分析)
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DOI: 10.3389/fpsyg.2026.1827324
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公開日: 2026年4月30日
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ライセンス: Creative Commons Attribution License (CC BY) ※オープンアクセス
関連リンク
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論文(Frontiers in Psychology): <https://doi.org/10.3389/fpsyg.2026.1827324>
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英語ニュースリリース(EurekAlert!): <https://www.eurekalert.org/news-releases/1126874>
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海外科学ニュースサイトPhys.org紹介記事: <https://phys.org/news/2026-05-workplace-framework-mindset-real-barrier.html>
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株式会社DroR コーポレートサイト: <https://dror.co.jp>
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臨床組織科学研究会: <https://cos-research.org>
